大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和40年(ワ)849号 判決

原告 田中金太郎

右訴訟代理人弁護士 高橋梅夫

被告 丸太屋株式会社

右代表者代表取締役 藤本ヒデ

右訴訟代理人弁護士 設楽敏男

岩田豊

主文

1、被告は原告に対し三五三、五九七円及びこれに対する昭和三九年八月二七日から、完済までの年六分の金員を支払わなければならない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

事実

1  原告の請求の趣旨は主文第一、第二項と同旨の判決及び仮執行の宣言を求めることで、請求の原因及び被告の抗弁に対する主張は別紙中のその記載のとおりである。

2、被告の答弁及び抗弁は別紙中のその記載のとおりである。

3、証拠関係は別紙中のその記載のとおりである。

理由

1、本件における争点の一つは、被告が原告主張の小切手(本件小切手)を振出したのは被告の主張する錯誤に基くか否かである。

ところで、本件小切手が、もと原告所有の、被告抗弁中に表示されている物件目録記載の土地売買に関連し、その土地についての区画整理事業に伴う換地清算金を原告において支払済であったけれども、原被告交渉の結果、これを現在右土地所有者である被告において負担するのが相当であるとし、その立替金を被告において原告に支払うために、被告から振り出されたものであることは当事者間に争いがない。

そして、≪証拠省略≫を綜合すれば、被告が前記土地の所有権を完全に取得したのは原被告、訴外小林友作、株式会社大谷場荘ら四者間に昭和三五年六月三〇日、原告主張の調停が成立し、その後に農地から宅地への転用許可があったときであり、前記区画整理事業による換地処分が完了したのは、その以前の同年三月三一日の未だ原告に右土地所有権が形式的には属していた間であること、被告が右土地所有権を取得するに至る関係についての前記調停条項上の技術的表現方法はともかくとして、前記換地清算金またはそれに類する負担を誰がするかについては右調停条項に何らの定めもないことが認められる。

そうすれば、他に特段の事情がないかぎり、一応、形式的には所有者であった原告において、前記換地清算金を負担すべきであるとするの外はない。そして、原告右調停条項に至る事情及び原告が前記土地の売却によって多大の損失を蒙ったことを主張して、右特別の事情とし、或は明示、黙示の特別の協定が事前にあった趣旨にとれる主張をするが、その主張自体、それだからといって当然に原告の右負担責任を被告において引き継がなければならない事情とはいい難いし、そのような負担を引き継ぐことを事前に被告において明示黙示に承諾した事実を認めることのできる証拠もない。

そうとすれば、結局本件小切手を被告が振り出すに際し、改めて、以上の経緯を考慮の上、右清算金の負担を承諾したのでないかぎり、被告は右小切手の振出しに当って、負担すべき債務がないのに、それがあるものと錯誤したというの外はなくその錯誤は要素に関するものというべきである。そして、被告が右のように従来の経緯を知り、負担義務のないことを知りながら改めてこれを負担することを約して本件小切手を振り出したものでないことは≪証拠省略≫によってこれを認めることができる。

2、そこで、右被告の錯誤は重大な過失に基くものか否かについてみるのに、≪証拠省略≫によれば、原告は前記土地を被告に売却したものの、訴外小林友作との間に同一土地に関し紛争が生じ、前出調停によって最終的な解決を見たものの、その原因と責任の所在はともかくとして結果的には大きな損失を蒙ったこと、それに反して被告は結果的に土地価格の上昇によって利益を得たこと、それにもかかわらず原告が前記清算金の賦課という追打ちに合ったため、以上の事情を具して被告会社代表者に右清算金分の負担をするよう申入れをしたこと、それに答え、被告会社方では原告に対し、右清算金の賦課状況、時期、金額等に関し、所管公署による証明書等の交付方を求め、少くとも約五日間位の間三回の交渉を得て、被告方において右負担を承諾し、その支払方法として本件小切手を振り出したものであること等を認めることができ、≪証拠省略≫によれば被告としては、被告について右認定のような調査方法を行う間、何ら適切な調査をみずから行わなかったこと、前出調停当時の被告会社係員訴外高橋真次郎に電話照会をしたならば直ちに、被告が右清算金を負担すべき根拠が必ずしも明らかでないことが判明したのであることが認められる。

以上認定の事実からすれば、被告の前記錯誤は被告の重大な過失に基くものというべきであって、(あえて推測をすれば、被告代表者において原告の陳情に多少の同情心をもったためにこの過失をおかしたのかも知れない)被告からは前記小切手の振出行為の無効を主張し得ないというの外はない。

3  被告はさらに、右錯誤に陥ったのは原告の詐欺によるのであると主張するが、原告としてはその理由が当否は別として、前記清算金は被告において負担すべきものと確信していたことが≪証拠省略≫及び本人尋問の結果で明らかであり、また前認定の事実からしても、被告が一挙手一投足の労で疑問をもつに至るであろう事柄について原告に詐欺の意思があろう筈もないといわねばならない。したがって、この点についてはさらに言及するまでもなく失当である。

4  そこで、原告の本訴請求を正当として認容し、民事訴訟法第八九条及び第一九六条を適用して主文のとおり判決する

(裁判官 畔上英治)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例